【湯久保獅子舞2026】8月29日は檜原村の山上集落へ。バス停から上り坂30分、最終バスは20時46分

薄暮の土の広場で、青海波柄の藍色の浴衣を着た3人が腹に締太鼓を吊るし、赤と金の毛を垂らした獅子頭をかぶって並んで立つ。手前右に赤白の筒状の被り物をかぶったささら役、左に笛を吹く2人。頭上には紙垂を下げた注連縄が張られ、背景に重なる山の稜線と暮れかけた青空が見える

東京都 8月29日(土)のイベント

檜原村の湯久保獅子舞は2026年8月29日(土)15時から22時まで湯久保会館、9月5日(土)15時から20時まで小沢コミュニティセンター。宝蔵寺バス停から上り坂を約30分、帰りの最終バスは20時46分発で、8月29日は終演まで見届けられません。檜原村指定の無形民俗文化財。

  • 2026/8/29 15:00 - 2026/8/29 22:00
  • 湯久保会館
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檜原村の湯久保(ゆくぼ)で、8月29日(土)の15時から獅子舞がある。終わるのは22時。7時間ある。会場は湯久保会館で、そこへ行くにはバス停から上り坂を30分歩く。そして帰りの最終バスは20時46分に出る。つまり電車とバスで行くと、終わりまでは見られない。

薄暮の土の広場で、青海波柄の藍色の浴衣を着た3人が腹に締太鼓を吊るし、赤と金の毛を垂らした獅子頭をかぶって並んで立つ。手前右に赤白の筒状の被り物をかぶったささら役、左に笛を吹く2人。頭上には紙垂を下げた注連縄が張られ、背景に重なる山の稜線と暮れかけた青空が見える
日が落ちる前の湯久保の舞庭。注連縄の下に獅子3人、手前に四方を固めるささら役が立つ。奥に見えているのは尾根の連なり(画像:檜原村公式サイト)
目次

8月29日と9月5日、同じ獅子舞が2回ある

湯久保獅子舞は、2週にわたって2つの会場で舞う。8月最終土曜日が地元の湯久保、翌週の9月第1土曜日が麓の小沢地区。2026年はそれぞれ8月29日(土)と9月5日(土)にあたる。

檜原村には獅子舞が7つあるが、2会場で2回舞うのは湯久保だけだ。しかも8月最終土曜は村の郷土芸能シーズンでいちばん早い。9月に入ると藤倉、柏木野、数馬、下川乗、人里と週末ごとに続いていくが、その口火を切るのが湯久保になる。

奉納先は小沢地区の鎮守・伊勢清峯神社。天下泰平と五穀豊穣、それに疫病除けを祈る三匹獅子の舞だ。9月5日の小沢では、東京都指定の「小沢の式三番」が上演される前に舞う。

開催概要

項目 内容
行事名 湯久保獅子舞(ゆくぼししまい)
日程1 2026年8月29日(土)15時〜22時/湯久保会館
日程2 2026年9月5日(土)15時〜20時/小沢コミュニティセンター
所在 東京都西多摩郡檜原村
料金 無料(奉納行事のため観覧料の設定なし)
奉納先 伊勢清峯神社
文化財 檜原村指定 無形民俗文化財(令和元年7月1日指定)
アクセス 武蔵五日市駅から西東京バス約32分「宝蔵寺」下車、上り坂を徒歩約30分(8月29日)
駐車場 会場近隣に臨時駐車場あり(台数は非公表)
問い合わせ 檜原村役場 産業環境課 042-598-1011/檜原村観光協会 042-598-0069

日程は檜原村の公式サイトが令和8年8月3日に更新した郷土芸能の一覧に載っている。時間は観光協会の記載によるものだ。ただし村の個別ページのほうには「午後4時ごろから舞い始めます」という古い記述(2017年更新)が残っていて、15時なのか16時なのかは読み手によって解釈が割れる。時刻をあてにして行くなら、前もって役場か観光協会に聞いておきたい

バス停の名前は「宝蔵寺」。村のサイトの表記は誤字だ

細かいが実害のある話をひとつ。村の公式ページは最寄りを「宝蔵時バス停」と書いているが、西東京バスの正式な停留所名は「宝蔵寺」だ。乗換案内やバスの時刻検索で「宝蔵時」と入れても出てこない。

この宝蔵寺というのは実在の寺の名前で、建永2年(1207年)建立、檜原でいちばん古い寺とされている。源平合戦で手柄を立てた平山季重が、褒美に得た土地の小沢に戦勝祈願として建てた。バス停から歩いて1分の場所にある。獅子舞へ向かう道の起点が村最古の寺、という並びになる。

14時のバスに乗ると、15時5分ごろに着く

JR五日市線の武蔵五日市駅から、西東京バスの藤倉行き(五18)か小岩行き(五12)に乗る。宝蔵寺までは約32分。そこから上り坂を約30分歩いて湯久保会館に着く。

土曜のダイヤで、往路に使える便は限られる。

武蔵五日市駅 発 宝蔵寺 着 歩いて会場着(目安)
13時00分 13時32分 14時5分ごろ
14時00分 14時32分 15時5分ごろ
15時30分 16時02分 16時35分ごろ
17時03分 17時35分 18時10分ごろ

15時の舞い始めに合わせるなら14時00分発。坂で息が上がるのが嫌なら1本前の13時00分発にして、途中で休みながら登る手もある。上り一辺倒の道なので、村が言う「約30分」は健脚の数字だと思っておいたほうがいい。登山情報のサイトでは、同じ方向の山道を50分と書いているものもある。

22時までやるのに、20時15分には会場を出ることになる

ここがこの行事のいちばん厄介なところだ。宝蔵寺バス停から武蔵五日市駅へ戻る最終便は20時46分発(武蔵五日市21時19分着)。その1本前は18時10分発で、間が2時間半以上空く。

会館から宝蔵寺までは下りなので20〜25分と見るとして、20時46分に乗るには遅くとも20時15分には会場を離れる。終演は22時だから、最後の1時間45分は見られない計算になる。バスを降りた武蔵五日市駅では21時32分の電車に13分の余裕でつながるので、そこから先は困らない。

18時10分発で帰るなら滞在は3時間ほど。日が落ちて灯りが入り、いちばん見応えのある時間帯が20時前後なので、公共交通で行くなら実質「20時46分の1本」を目指すことになる。最後まで見届けたいなら車か、村内に泊まるかだ。

夜、強い逆光と白い煙のなか、獅子頭をかぶった舞い手2人が深く前傾して向かい合う。中央に赤白の筒状の被り物に緑の葉と赤い実を載せたささら役が立ち、地面に光と影が長く伸びる。右上に青いタープが張られている
暗くなってからの舞。照明の逆光と土ぼこりで輪郭がにじむ。右上に青いタープが張られているのが分かる(画像:檜原村公式サイト)

創始の根拠は、壊れた獅子頭の裏に書かれた墨書

この獅子舞がいつ始まったのか、村は宝暦13年(1763年)9月と推定している。根拠が変わっている。

ひとつは、古い獅子頭の破片だ。雌獅子の上顎とみられる部分の裏側に「宝暦囗未9月奉納」と墨で書かれていた。囗の部分は判読できない1字で、村の公式サイトもそこを空けたまま載せている。もうひとつは前御前神社の幟旗で、こちらには「宝暦10辰2月4日氏子湯久保中」とある。この2つを突き合わせて年が割り出された。

読めない字を読めないまま公開しているところに、この村の資料の性格が出ている。推定の過程がそのまま残っているので、260年前という数字を鵜呑みにしなくて済む。

村指定になったのは令和元年。都指定の3つとは枠が違う

檜原村の7つの獅子舞は、文化財の指定状況で3つに分かれる。

指定 獅子舞 指定年月日
東京都指定 藤倉・数馬 昭和60年3月18日
東京都指定 人里 平成27年3月16日
檜原村指定 湯久保・樋里 令和元年7月1日
指定なし 下元郷・下川乗

湯久保と樋里だけが村指定で、しかも指定は令和元年とかなり新しい。一方、9月5日に湯久保が前で舞う「小沢の式三番」は昭和27年11月3日の都指定で、村内では最も古い部類に入る。村内で最後に文化財になった獅子舞が、村内で最初に文化財になった芸能の露払いを務めるという順番になっている。

なお、2026年8月29日は樋里獅子舞も同じ日だ。村指定の2つが同じ土曜に重なるので、両方をはしごすることはできない。

四方に立つ「ささら」は、移住者も務めている

写真を見ると、獅子3人の周りに、赤と白の筒状の被り物をかぶった人が四方に立っている。これが「ささら」と呼ばれる役だ。竹製の楽器の名前がそのまま役名になっている。

檜原村の移住者向けメディアに、2023年、村へ移ってきたばかりの地域おこし協力隊員が湯久保・藤倉・数馬・人里の4地区の獅子舞にささら役で参加した体験記が載っている。「8月末に行われた湯久保の獅子舞の様子。四方に浴衣を着て立っているのがささら役です」と写真つきで書かれ、「同じ獅子舞、同じささらといえど、4つの地区それぞれが違う個性を持っています」と続く。

ささらは見るだけの脇役ではない。翌週の小沢会場を2016年に撮った映像の説明には、「舞庭の前方にささらで顔を隠し楽器ささらを演奏する女性連」と記されている。撮った人は檜原村の獅子舞を「3頭の獅子を3人で一頭を舞う大きな獅子舞ではなく、風流系の獅子舞で武蔵の国では標準のパターン」とも書いていた。獅子3頭だけを追いかけていると、この会の半分を見落とす。

檜原村の獅子舞はどれも三匹獅子で、奥多摩から関東一円に広がったもの、起源は室町時代までさかのぼると村は説明している。同じ型なのに地区ごとに個性が分かれる、という話は担い手の側から出てきた言葉だ。観光協会は過疎と高齢化で伝承が難しくなっていることも書いている。移住者がささらに入って成り立っている行事だと知って見ると、四方に立つ4人の見え方が変わる。

飲み物は武蔵五日市駅で買っておく

湯久保は湯久保尾根の南面に民家が散らばる山上集落だ。村の公式サイトも「村内の高地集落で絶景の獅子舞」という見出しを付けている。冒頭の写真に写り込んでいる山の稜線が、その高さの証拠になる。

裏を返すと、集落に商店や自販機があるという情報は、村のページにも観光協会にも出てこない。あるともないとも書かれていない以上、飲み物と軽い食べ物は武蔵五日市駅で買ってから乗ったほうが安全だ。夏の終わりでも標高がある斜面の夜なので、羽織るものと虫除けもいる。

会場近隣には臨時駐車場が用意されると村が書いているが、台数も場所も公表されていない。トイレの有無、雨が降ったときに中止になるのか順延になるのかも、公式には書かれていない。演目の名前や数も、湯久保のぶんは村の資料にも出てこない。保存会の正式な名前すら、他の地区には書かれているのに湯久保だけ載っていない。調べても埋まらない空白が多い行事だと思っておいたほうがいい。

そして、これは地域の人が神社に奉納する行事だ。観客用の桟敷はなく、会場は公民館の敷地になる。立ち位置や撮影は現地の指示に従うのが前提になる。

坂を歩きたくないなら、9月5日の小沢がある

ここまで読んで上り坂30分が引っかかるなら、翌週の選択肢がある。9月5日(土)の小沢コミュニティセンターは、小沢のバス停からすぐで、坂を登らない。終演も20時なので、20時46分の最終バスに間に合う。最後まで見てから電車で帰れるのは9月5日のほうだ。

ただし、小沢で見るのは式三番の前座としての湯久保獅子舞になる。冒頭の写真のような、尾根の稜線を背に日が暮れていく舞庭は湯久保でしか見られない。絶景ごと見るなら8月29日、通しで見るなら9月5日という分かれ方になる。

その代わり、9月5日には湯久保にはないものが付く。小沢の式三番は昭和27年11月3日に東京都無形民俗文化財となった、村内で最も古い指定の芸能だ。中世に始まって一度途絶え、約230年前の明和7年に甲州黒平から師匠を招いて復活させたという経緯を持つ。しかも演者は1週間の「別火斎戒」をして当日に臨む。火を別にして身を清めるという作法を、いまの東京で続けている行事はほとんどない。都指定の式三番の場に、村指定の湯久保獅子舞が加わる一日だと思えばいい。

どちらの日も都合がつかないときの逃げ道も、村が用意している。郷土芸能の案内ページの結びに、「残念ながら日程が合わず、直に『まつり』に触れられない方は檜原村郷土資料館で映像と音が楽しめますので、ぜひご利用ください」と書かれている。バス路線上に「郷土資料館」の停留所があるので、払沢の滝入口や森のおもちゃ美術館と一緒に回る日程も組める。

そして村も観光協会も、案内の末尾に同じ注意を添えている。「日程は変更になる場合があります。お出かけ前に問い合わせてください」。片道でバス30分に上り坂30分を足す場所だから、この一文は重い。出る前に檜原村観光協会(042-598-0069、9時〜16時30分)か村役場の観光商工係(042-598-1011)に一本入れておきたい。

バスの時刻で見られる範囲が決まってしまう、という意味では、奥多摩町の小河内の鹿島踊(9月13日)も同じ性格を持つ。11時と14時で会場が移るうえに、その間のバスが2時間空く。

イベント情報
開催期間
2026/8/29 15:00 - 2026/8/29 22:00
開催場所
湯久保会館
住所
東京都西多摩郡檜原村湯久保
主催者
湯久保地区(檜原村)
料金
無料
状態
開催予定
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